獣医学部 動物応用科学科 伴侶動物学研究室 茂木 一孝先生
動物が繁殖期を迎えると、それぞれ適当なパートナーを見つけてつがいになる。そして、生まれた子どもを母親が育てる。こうした行動には、一見、何の不思議もありません。 しかし、言葉を話さず、外見にそれほど違いがない動物が、どのような基準でパートナーを選ぶのか、その理由の多くは謎に包まれています。
また、母親が子どもを育てる動物種は、全動物種のうち2~3%しか存在しないため、「哺乳類動物の育子」は非常に珍しい生存戦略といえます。伴侶動物学研究室では、こうした"当たり前"に見えることを研究テーマに、その背景にあるメカニズムを解明することで、動物のコミュニケーションのあり方と脳機能、つまり動物の"こころ"について探究していきます。
具体的な研究方法としては、哺乳類動物におけるさまざまな社会性行動のメカニズムとその背後にある神経メカニズムを解き明かすため、犬の観察からマウスを用いた実証研究まで実施しています。たとえば、幼少期の社会環境、特に母子関係のよしあしは動物の社会行動パターン形成に大きく影響します。
そこで、日本盲導犬協会の協力のもと、イヌの幼少期と成長後の行動の関連性を調査。さらに、マウスをモデル動物として、どのような母性因子が子どもの社会脳形成に重要なのかといった様々な科学的視点から研究を行っています。また、お互いの気持ちを理解し合う共感性について、ヒトだけではなく動物にも備わっていることを実験的に実証しています。
最近の研究トピックスとしては、遺伝子解析に明るく、イヌの臨床行動治療の経験もある荒田明香先生が当研究室に着任したことにともない、イヌがオオカミとの共通祖先から分かれ、人とコミュニケーションできるように進化した際、変化したと考えられる遺伝子を見つける研究が進行中です。
ほかにも慶応大学との共同研究で、アリのような真社会性をもつハダカデバネズミの女王ネズミが、糞を介して自身のホルモンを働きネズミに作用させ、子育てに協力させていることを明らかにしました。この成果はこれまで知られていないコミュニケーションのあり方として、2018年8月に『米国科学アカデミー紀要(PNAS)』という権威ある学術誌に、論文が掲載されました。
動物は音声や匂いなどのシグナルを用いて情報を伝達しています。たとえば、雄マウスは雌マウスと出会うと「歌」のような構造をもつ超音波を発声します。そこで人工的にスピーカーから再生した歌を、雌マウスに聞かせて行動や脳内変化を調べた結果、雌マウスは父親と似た歌を避けるということや、歌を聴くことで生殖活動が活性化することなどが明らかになっています。
また、近年、脳と腸が相互に関連する脳腸相関の機能が注目されており、腸内細菌叢によって社会行動まで変化することが報告されています。当研究室でもこれに注目し、母子関係による社会脳の発達においても腸内細菌叢が影響するのか、データの取得を開始しています。