獣医学部 獣医学科 衛生学第二研究室 塚本健司先生
最近では冬になると、鳥インフルエンザが国内の養鶏場で発生したというニュースをよく耳にします。そもそも鳥インフルエンザウイルスは、自然界では野生のカモ類の中に保存されていますが、そもそもこのカモウイルスは家畜である鶏には感染しにくいことがわかっています。しかし、ウイルスが変異して鶏の体内で増殖する過程で馴化(適応)すると、鶏へ感染が急速に拡大し、周辺の農場へ瞬く間に広がり、大きな被害をもたらします。しかも、現在の技術では鳥インフルエンザウイルスをワクチンで予防することは困難です。もし発生した場合には、農場で飼育されている全ての鶏を殺処分する方法でしか拡散を防止できない。したがって、先ずはウイルスを確実に検出することが重要となります。
そこで衛生学第二研究室では、世界の鳥インフルエンザウイルスの遺伝子情報をもとに、多様で変異しやすいウイルスをもれなく検出でき、しかも30分で結果が得られる、簡易な遺伝子検査法の開発に成功しています(特許の申請中)。この検査法を使えば、H5N1亜型ウイルスも以下に紹介するH7N9亜型ウイルスも検出できるのです。この検査法が普及すれば、本病の検査を多くの施設で実施できるため、ウイルスの早期摘発が可能になり、鳥インフルエンザの脅威を減らせると期待されています。この検査法を世界に普及させるために、企業や外部の研究機関と連携を取りながら、研究を進めています。
研究のポイントとなるのが、遺伝子の変異。自然界にあるカモウイルスが鶏の中に入って、変異を起こすと鶏にも感染しやすいウイルスになるが、それはどのアミノ酸か。
増殖性を獲得するために必要なアミノ酸の変異を、遺伝子を比較することにより特定していくことで、現在、自然界にあるウイルスが、鶏に対してどの程度の増殖性を獲得し、感染が広まる可能性があるのかを示唆できるようになります。
鳥インフルエンザウイルスは、人が感染すれば死亡率が高いものもあることでも知られています。今から20年ほど前、香港ではH5N1型の鳥インフルエンザウイルスが人に感染して、一躍注目を浴びるようになりましたが、ここ4~5年はこれだけでなく、中国で新しいウイルス(H7N9亜型)が脅威となっています。
これらのウイルスはどちらも毒性が強く、感染した人の多くが死亡する恐ろしいウイルスです。ところが、H7N9亜型ウイルスは鶏に害はありません。H7N9型は、カモから鶏へ馴化する際に、もともと鶏に対して病原性が低いウイルスの遺伝子を持っているからです。そのため、摘発検査を行っても感染した鶏を見つけ難く、感染の連鎖を断ち切れないために、人の感染が続いているのです。
H7N9亜型ウイルスに人間が感染すると、死亡率は約3割。事前にウイルスを発見し、感染拡大を食い止めようにも、H7N9亜型ウイルスに感染している鶏が症状を出さないため、発見が難しいのです。しかも、このウイルスによる鶏の感染が続いた結果、鶏を殺す強毒のウイルスに変異したこともありました。
鶏の感染を断ち切れない状態が今後も続けば、人に流行するH7N9亜型ウイルスに変異して、パンデミックが起こる可能性も否定できません。鶏のウイルスを確実に検出し、予防対策の早期実施に役立てることや、カモから鶏へのウイルス感染の阻止をめざす、衛生学第二研究室が取り組む基礎研究は、動物を守り、畜産業に貢献することはもちろん、人の感染を予防する観点からも、今後の発展が期待される研究と言えます。
牛白血病は牛感染症の中で最も被害が大きい感染症で、昨年度は3000頭が死亡していますが、ワクチンがないため被害が拡大。特に近年、その数は急速に増加しており、この10年間で約10倍、今後10年間で死亡数は5000頭を超え、1万頭に迫ることが予想されています。そもそも牛白血病のワクチン開発が困難なのは、ウイルスの増殖がきわめて低いことに原因。
そこで衛生学第二研究室では、ウイルスの増殖を制御するメカニズムの解明に取り組み、牛白血病を起こしやすい病原性の高いウイルスの発見に挑戦しています。また、汚染農場の感染牛を追跡調査することで、牛白血病を発病するリスクの高い牛の早期摘発を可能にする技術開発にもめざしています。